世界文学ワンダーランド 牧眞司

皆さん、GWはいかがお過ごしでしょうか。キモヲタは一冊、本を読みました。これは、文学案内の本です。昔は、ミステリー、SFなどの文学案内を読みあさり、どこかにおもしろい本はないものかと血眼になって探していた時期もありました。今でも、年末恒例の「このミス」や「SFが読みたい!」を熟読して、この年のおもしろい小説をチェックしたり、SFマガジンや本の雑誌の書評欄、朝日新聞の書評欄も熟読したりして、アンテナを張り巡らしているつもりですが、今回読んだ「世界文学ワンダーランド」は、SF、ミステリーなどのいわゆるジャンル小説ではなく、それ以外の一般的には「純文学」に分類されている小説の紹介です。但し、作者の趣味により、北米・中南米・ヨーロッパの作家、現代などに偏ったセレクトがされています。

紹介されている本で読んだことがあるのは「百年の孤独」(ガルシア・マルケス)、「キャッチ22」(ジョーセフ・ヘラー)、「競売ナンバー49の叫び」(ピンチョン)、「シティ・オブ・グラス」(ポール・オースター)であり、読みかけでやめてしまったのが、「伝奇集」(ボルヘス)、「城」(カフカ)、「ルビコン・ビーチ」(エリクソン)、「うたかたの日々」(ポリス・ヴィアン)、「箱男」(安部公房)でした。

ふーむ、多少、幻想小説系に偏っているようですが、キモヲタの趣味とは大体あっているようです。まあ、好みの問題はあるでしょうが、ある程度詳しい紹介がされているので、取捨選択が可能です。紹介された未読のもので特に読みたいと思ったのが、「夜のみだらな鳥」(ホセ・ドノソ)、「世界終末戦争」(リョサ)、「冥途」(内田百閒)、「パラダイス・モーテル」(エリック・マコーマック)、「ゴーストと旅をすれば」(ジム・ダッジ)、「ムントゥリャサ通りで」(エリアーデ)、「夜の果ての旅」(セリーヌ)、「エペペ」(カリンティ・フェレンツ)などでした。

中には品切れの本もあるようですが、最近はネットで検索すれば、全国の古書の在庫と値段が直ちにわかり、クレジットカードで即購入ができ、2~3日後には宅配されてくるので、どんどん古書も買えるという時代になりました。ますます、自宅の本棚には、読書されることを待ちわびている本が順番待ちで、並ぶことになり、そのうち、忘れ去られ、埋もれてゆきます。

しかし、この「世界文学ワンダーランド」のおかげで、再びボルヘスの「伝奇集」を読む気になり、本棚の奥から見つけ出し、短編をひとつだけ読みました。この短編集は、本当に読むのに苦労するので、大変です。よく文脈を考えながら読まないと書いてあることがわかりません。昔は、あまりにわからないので、たまらず放り出しましたが、今回は比較的すんなり読むことができ、まずまず楽しめました。奥付を見ると1987年発行とありますから、おそらく20年近く前に購入し、いろんな本棚を移動しながら、捨てられずに生きながらえていたのでしょう。これは集英社の「ラテンアメリカの文学 第1巻」で、大層な箱入りであり、捨てる気にはならなかったのでしょう。このシリーズは他にも、マルケスの「族長の秋」が本棚に並んでおり、これも、あまりに途切れのない文章でうっとうしくなり、読みかけで放り出しましたが、捨てられませんでした。

このように、最初に読んで、つまらなかったり、興味が持てなかった本も、再読によって再発見することが(まれにですが)あるので、なかなか本は捨てられないのです・・・

       

 

今日のめし

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昼に食べたコマダム特製のハム・チーズサンドイッチです。パンとハムはキモヲタがコンビニで仕入れてきましたが、あら不思議。とても美味なサンドイッチに変身しました。サンドイッチの奥に写っているのは、むしゃむしゃ食っているキモヲタです。      

           

        

        

         

            

            

          

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コマダム特製のキュウリとみそです。ビールのつまみです。休日の夕方のビールは効きます。この後、居眠りしました。

          

          

          

  

           

           

         

070430_180401_1コマダム特製の牛モツとすじ煮です。これは本当に超美味です。材料は、通信販売で取り寄せたものだそうです。ここらでは、全く和牛のモツやすじが売っていないそうです。4種類のみそや、特製ラー油、しょうが、その他様々なキモヲタが全く想像もつかないような材料をブレンドして完成した大作です。コマダムはあまりおいしいので、5杯も食べ、今も食べ続けています。      

          

         

     

       

            

         

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キモヲタに捧げるオムライスです。ヲタという字が、ケチャップで投げやりに書いてあるようですが、中身は美味の牛肉入りオムライスです。それでは、皆さんもよいGWをお過ごしください。ご馳走様でした。

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荒ぶる血  ジェイムズ・カルロス・ブレイク

2006年の「このミステリーがすごい!」で海外版・2位となった作品である。一昔前のギャングたちの生き様を描いたエンターテイメントであるが、主人公の若きギャングの数奇な血筋と、数奇な運命、回想シーンが多くのエピソードと共に語られる。さらに脇役の一人一人のキャラクターが実に生き生きと描かれており、極めて印象的である。主人公は、要するにギャングのボスの指令を受けた殺し屋兼取立屋であり、アイスピックで一差しとか、派手な撃ち合いのシーンもあるのだが、むしろ、主人公と脇役の運命と生き方、暮らし方というか、その瞬間瞬間の生き様とか人物そのものが躍動して立体的に描かれており、あたかも読者がその現場に立ち会っているかのようである。

この小説はいろんな意味で大変優れており、読書体験としては相当に濃密な時間が過ごせること請け合いである。ラストも大変渋い余韻を残す終わり方で、文句の付けようもない。作者の小説は、現在、他にはやはりギャング小説の「無頼の掟」が翻訳されているだけであるが、全てを読みたくなるそんな作家である。

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マルドゥック・ヴェロシティ  冲方 丁 

衝撃のマルドゥック・スクランブルが世に出て、それ以前の物語をいずれ書くと作者が予告して、既に3年か経過した。この小説で、もはや具体的に覚えているのは、ウフコックという戦闘用ネズミとそれをパートナーとして戦闘する少女の物語であること、戦闘シーンがずば抜けて迫力があり、驚嘆したこと、延々と続くカジノのシーンの緊張感がこれまた素晴らしいことくらいだが、自分のホームページで小説としては破格の四つ星の評価をつけたことはよく記憶している。

今回出版されたマルドゥック・ヴェロシティは、戦闘用ネズミ・ウフコックが以前のパートナー・ボイルドと決別するまでが描かれている。ウフコックとボイルドは、その他の超能力者たちと共に軍事用の秘密兵器として開発されたが、やがて証人保護のための組織09として、マンハッタンをモデルとしたかのような都市・マルドゥック市で新たな出発をする。09は謎の機械化拷問集団、カトル・カールと対立し、激しい戦闘を繰り返すが、カトル・カールのバックには有力な権力者の陰がちらつき、09は次第に都市の政財界を舞台にした陰謀に巻き込まれることになる・・・

2巻までは、X-MENみたいな超能力集団09と、極悪の改造機械化人間集団で拷問・誘拐・殺人を専門とするカトル・カールのややアニメ調の脱力感みなぎる戦いが繰り返される。ここでついて行けない読者も多いであろう。

しかし、3巻の中間くらいから物語は暗転し、09の壮絶な運命とボイルドの生き残りをかけた戦いと、それ故の純粋すぎるウフコックとの決別の必然が描かれる。それは、ストーリーの骨格としては、SFではあるが、雰囲気と内容はむしろジェイムス・エルロイのロサンゼルス4部作に近いダークな破壊的サスペンスである。

全ては破壊尽くされ、死に絶え、虚無に還るが、魂は再生される。凄惨なストーリーであるがむしろ、読後感は救われる感じである。これを書き上げた作者は大変な力量であり、誰にも決してまねることのできない、新しい小説を誕生させたと言えるだろう。それは、ボイルドの孤独と最愛のパートナーとの決別、復讐と破壊、魂の再生の物語である。

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シンギュラリティ・スカイ チャールズ・ストロス

21世紀、超AIエシャトンは、はっきりした理由は謎であるが、人類のおよそ9割を強制的に地球から各星系に一瞬で強制移住させてしまった。そして、さらに数世紀が経過し、各星系の人類は超高速航法などにより、再び接触を取り戻すに至った。しかし、本書の舞台となる「新共和国」は、19世紀的な帝国主義的・独裁的政体を維持し、国民が進歩的技術に接触することを極度に警戒していた。ところが、ある日、「新共和国」の辺境植民星・ロヒャルツワールドが「フェスティバル」という謎の勢力に突如、奇妙な侵略を受ける。それは、新共和国の国民の欲しいものを何でも、発達したテクノロジーである物質合成機で作って与えてしまうという革命に等しい侵略で、ロヒャルツワールドは、権力崩壊の危機に立たされる。レーニン主義の革命集団が、権力の空白を狙って、台頭している。そこで、新共和国本国は、密かにエシャトンに禁じられた超高速航法を用い、過去に遡り、フェスティバルの侵略を阻止しようと、艦隊を発進させる。その艦隊には、わずかに地球に残っていた人類を組織する国連の査察官レイチェルが、艦隊がエシャトンが禁じる因果律兵器(過去へ遡航する航法もその一種)を使用させないよう監視するために、艦隊に乗り込み、さらに超高速機関をグレードアップさせる技師・マーティンも乗り込んでいた。しかし、この艦隊には、国連、エシャトン、ロヒャルツワールドを巻き込む陰謀が渦巻いていた・・・

謎の勢力フェスティバルと、艦隊との対決がクライマックスになる迫力ある戦争SFである。また、査察官レイチェルを嫌う艦隊の勢力が、レイチェルを葬ろうと軍事法廷がらみの罠に嵌めようとするのに対する、レイチェルの反撃も見ものである。さらに、フェスティバルと共に行動するクリティックなる勢力、その他の勢力の奇想天外なテクノロジー、レイチェルの使用する未来の軍事アイテムなど見どころは満載であるSFである。ちなみに著者はコンピュータ科学を学んでおり、一応の科学的知見に基づいているようである。また、艦隊の艦長は、ほとんど恍惚の人で、想像妊娠症であったり、ユーモアたっぷりのエンターテイメントでもある。小説の書き方はうまく、サービス精神旺盛で飽きさせるところがない。最近台頭しているイギリス出身のSF作家によるニュー・スペースオペラである。★★★3/4

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楽園への疾走  J.Gバラード

J.Gバラードの書く小説は、退廃的だが美しい、滅び行く世界を一貫して描いている。しかし、この小説はひと味違う風に仕上がっている。フランス領のサン・エスプリ島にアホウドリの楽園を作ろうとやってきた女医・ドクターバーバラが静かに狂ったカルトを作り上げていき、女王となって君臨し、最後はよくある破滅的カルトとしての様相を見せ始め、本当に破滅してしまうというお話であるが、バラード特有の退廃的・美的な世界認識は影を潜め、ドクターバーバラのカリスマに魅せられ、同じく狂ってゆくメンバーたちの描写に重点が置かれている。特に語り手である主人公の少年ニールは、最後までドクターバーバラへの執着を捨てることのできない心理状態だけが描写される。退廃的な世界への陶酔や愛情は見受けられない。これは、バラードの小説としては、特殊な部類であり、どちらかというと凡庸な破滅カルト小説となっている。そこが物足りなく、あっけなく終わってしまう。ドクターバーバラとニールは最後に、退廃的なこの孤島への永遠の愛を表明して、現実を突き抜けて欲しかった。

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あなたに不利な証拠として ローリー・リン・ドラモンド

アメリカの地方都市の女性制服警官が主人公の小説である。実際の元女性制服警官が12年にわたって書いた短編集。いわゆるポケミス(ハヤカワ・ミステリ)であるが、実際には犯人捜しや謎解きの要素はなく、典型的なミステリーとはほど遠い。死の臭い、鼻にこびりつく腐臭。射殺した犯人の記憶が亡霊のように漂い、神経をすり減らす毎日。銃と火薬の臭い。通報と出動、銃を持った一触即発の危険人物と、危険にさらされる隣人。撃つのか、撃たないのか?緊張と興奮の日々。その中で死んでゆく優秀な警官たち。死んで行く前に蝕まれ破壊されてゆく警官たち・・・実に生理的な小説である。エンターテイメントの枠をもはみ出す鮮烈な小説である。★★★3/4

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ゲド戦記Ⅰ/影との戦い

_004 ル・グウィンの小説は、何冊か文庫でSFを読んだことがある。「闇の左手」は、確か両性具有だか何だかの異星種族の一風変わった恋愛SFであり、「所有せざる人々」は原始共産制社会が成立している惑星のお話であった。特に後者は、へえー、原始共産制はユートピアなんだろうが、生活は厳しく大変だな、とか思った。お祝い事で飲む貴重な飲み物が生ジュースだというのが未だに忘れられない。文章に迫力があり、どんな題材で書いても、結構うまく書いてしまうそんな優れた作家である。しかし、ファンタジーであるこのシリーズは今まで手が出なかったのだが、ジブリがアニメ化するので、やはり読んでおこうという気になり、まとめ買いした6冊の1冊目である。

ハリーポッターの原型ではないかと思われる魔法使いの学校に入学する少年(青年?)の話であるが、終始、暗いムードが漂い、追いつめられた雰囲気の小説である。優秀だが自信過剰の魔法使いの卵であった主人公のゲドは、魔法により自分の影を呼び出してしまい、以後、この影に脅えて暮らすことになる。この影とは、自分の中にある悪の象徴であり、結局、自分の半身と向きあって戦うことになる。この巻で特に迫力があったのは、ペンダー島での竜との戦いである。しかも、言葉と言葉の戦いが見物である。この世界での竜は、人間よりも遙か昔から住んでいて、人間より知識も深く賢明だが、人間と対立し滅び行く残酷な生き物として魅力的に描かれている。

しかし、この巻の物語=徹頭徹尾、閉塞的な物語をアニメ化するのは、かなり困難と思われる。表面のストーリーだけなぞると、ただのハリーポッター風の魔法使いヒーローものになってしまい、原作の雰囲気とは似て非なるものになってしまうだろう。生粋のキモヲタ★★★1/2

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Googleの光と影

Eiji_keitai ウェブ進化論・梅田望夫(ちくま新書)でも、グーグル Google・佐々木俊尚(文春新書)でも、グーグルのことが大きく取り上げられている。前者では、グーグルとネット社会の現在と未来について、明るい光の面から、驚くべき変革について語っている。後者はグーグルについて、既存の権威の破壊者と改革者としての光の面と共に、グーグルの、闇の面も語っている。いずれの著書も、グーグルは単なる検索エンジンの会社ではなく、既存のビジネスの徹底的な破壊者であり、少数者である消費者や中小零細事業者の味方としての一面を有し、さらに世界の情報全てを、人的ではなく、ソフトウェアの力を持って、データベース化し、司祭あるいは神として君臨する可能性にまで触れている。さらには、無料のネット接続を提供すると共に、個人の趣味嗜好のデータベースと照合した広告をネットを通じて配信する唯一無二の広告代理店となる日が予言されている。実現した日には電通、博報堂は形無しである。さらに、無料のネット接続と個人の趣味と時間帯に合わせたコンテンツが無料で提供されれば、テレビ放送は全く不要になってしまう。しかし、グーグルの闇の面も恐ろしい。まず、グーグルで検索してもヒットしないということは世の中から抹殺されるも同然となる(村八分ならぬグーグル八分)。検察エンジンがソフトウェアの力によって、全く人的選択なしに公平に作動しているのなら、その心配はないのであるが、どうもそうではないらしい。実はグーグルは権威に弱い一面を持っているのである。例えば、中国政府に妥協して中国からグーグルで検索しても、法輪功のサイトはヒットしないようになっていたり、世界中の衛星写真が見えるGooglemapでは、米軍の基地やホワイトハウスなど米政府の重要施設だけは見えないようなっているらしい。従って、あまりグーグルを持ち上げすぎるのは危険みたいだ。それにしても、これらの本によるとグーグルは、ギブスンが書いたサイバーパンクのハシリであるニューロマンサーに登場するネット上に現れる神に似た感じがしてきたのは興味深い。★★★1/2

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禁煙セラピーを読んで

『禁煙セラピーという本でタバコが止められるらしい』と聞きつけた私。一大決心をしての購入ではありませんでした。

喫煙歴○年選手。女性の喫煙率は年々上がっていると聞きます。私の友人の半分もタバコを吸っている人達です。なんで吸わないの?と非喫煙者の方々に聞くと、元々苦手で手を出さなかったとのこと。喫煙者にこれからも吸い続けるか?と聞くと、止められそうにないな・・・とか、よほどの理由が無い場合じゃないと無理とのこと。(2006年コマダム調査)

旦那の友人Kさんは、身体の不調を期にピタリと止めた賢人です。ラッキーストライクをこよなく愛した彼も、もっともっと愛する婚約者とのこれからを思うと長生きしたいと言っていました。

友人Iちゃん。ソムリエールになるにあたってタバコは御法度、研ぎ澄まされた嗅覚と味覚が命の仕事。マルメンと永遠のお別れをした・・・と思っていたら、職種が変わった途端ストレスにて喫煙復活。もったいないけど、気持ちは痛いほど分かります。

ああ本当にやめたい、と思ったことはまだありません。多分自分の健康にあまり関心が無いのと、受動喫煙の恐ろしさから目を背けていたからだと思います。

私だけが吸ってるんじゃないもん。本当に悪いものなら国が売らなきゃいいんだもん。じゃあ一人で外で吸ってるなら迷惑じゃないもんね、あーおいち!スパスパ!

・・・てな考えを、根底から覆して辱めてくれる本。    http://www.allen-carr.jp

正直、ただの自己啓発本でしょ?なんて思ってました。マインドコントロールすれば火もまた涼し、明日から君もお金持ち!絶対に綺麗になれるし、必ず成功者になれる。幸せになる為の108の秘訣、泣きたくなったらこれを読もう・・・・。あのさー、読んだだけで勝ち組になれたらせわねーんだよ。負け組がいるから勝ち組がいるんだろーが。まったく、勝ってもなお自分ネタで食っていきましょうなんてどんな腹なんだい?

とまあ大変口汚い文面をお許し下さい。しかし当初はこれくらいの気持ちで読んでいたわけです。決して、すがるような気持ちで手にしたわけではありませんでした。

なのに読み進むうちに、明らかにタバコへの執着は消えていきました。かといってタバコが大嫌いで臭いもダメになりそうだということでもないのです。あまり書くと真実味が無くなってしまいそうなのでこのへんで。もしタバコをやめたいと思っている方がいましたら読んでみてください。結構効き目があると思います。

普通、このテの本を読んだ後ってなにかしらの『洗脳された感』があるもんです。ひねくれた人なら、きっとこの本もこき下ろすと思います。しかし、この本をこき下ろす喫煙者自体が『タバコの呪縛から逃れられていない自虐的な時代遅れ』というかんじになってしまう。うーん、なんてすごい本なんだ。

タバコは百害あって一利なしの産物なのでして、自分にも他人にも良いことは一つも無いのになんでアンタそんなのいつまでも吸ってんの?かーわいそ~!自分やめちゃったもんね、だってタバコの依存度なんて所詮こんな程度よ?1本でも100本でも吸ってれば皆一緒よ。ヘビーだからってなんだってのよ。禁煙って楽しいよ!楽しいことするって幸せだよ!やめちゃえ~~~

私的にはこんなかんじの内容に思えました。アレン・カーさん、すいません。

しかし、この本を産まれてこのかた一回も喫煙したことのない【生粋の非喫煙者】の方が読んだら、一体どんな感想なのでしょう。今度姪っ子に読んでもらって、ここに記事にしたいと思います。

てなかんじで、私のタバコも残すところ後1本になりました。最後の1本のなんたる不味さを味わい尽くすことに、禁煙の醍醐味があるそうです。いっちょこのテンションのまま禁煙してみようと思います。挫折したらまた読もうっと。

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蜘蛛の巣のなかへ トマス・H・クック

途中まではクックのあの「記憶シリーズ」を彷彿させる。私の読書経験のなかでも、記憶シリーズ、特に「緋色の記憶」の読後感は鮮烈であった。次第に細部と暗部が明らかになる主人公の記憶、それと共に深まる主人公の苦悩、そして最後の1ページで明らかになる恐怖の真実と読者の記憶にまで植え付けられる恐怖の映像。そして、突然の終わり。この小説も当然そうしたものを期待して読んでしまう。主人公の記憶は驚愕の真実の核心をわざと迂回して、周辺を旋回しているだけなのではないか。最後の1ページまで油断できないに違いない。主人公は信頼できない語り手である…しかし、残念ながら、この小説は「記憶シリーズ」とは少々異なる。最後には恐怖の真実の代わりに、目頭が熱くなるストーリーがある。書き方はさすがにクックであり、うまい。まあ、帯のとおりである。但し、本筋の殺人事件の解決は、やや納得できない点がある。「犯人」は何故、こんな残虐な殺人を犯してしまったのか。説明できていないと私は見た。★★★1/2

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チョコレート工場の秘密  ロアルト・ダール/柳瀬尚記

試しにアマゾン・コムでこの本のレビューを調べてみたら、評価はほぼ真二つに分かれていた。しかもその理由まで明らかだ。それは、柳瀬訳しか読んでいない新しい読者は評価が高く、昔、田村隆一訳を読んだことがある古い読者は大体柳瀬訳の評価が低いのである。私も田村訳は読んでいないのでわからないが、例えば、柳瀬訳は、登場人物の名前「ソルト」を「ショッパー」などと訳しており、確かにあざとさが感じられるが、それは末尾にある訳者の解説を読めばある程度合理的であり、納得はする。しかしながら、どうも、この訳者は読者におもねているのではないか、と感じさせるところがある。そもそも、子供向けの読み物であり、考え過ぎかも知れないが。

何かが足りないような・・・そう、この物語は実はもっと黒々したお話ではないのだろうか。なのに、軽快すぎる。イラストも含めて。あの、古今東西の短編小説の最高峰ではないか★★★★1/2と密かに思っているロアルト・ダール「あなたに似た人」が田村訳であることを考えると、是非、読み比べてみたいと思わせるところはある。★★1/2

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バースト・ゾーン  吉村萬壱

 この作家のデビュー作である「クチュクチュバーン」は読んだことはあるが、芥川賞受賞作である「ハリガネムシ」は読んだことがない。この新しい長編は「クチュクチュバーン」をさらに過激にしたような小説である。

 第1章は近未来の日本が舞台である。そこでは「テロリン」という名のテロリストによる破壊活動が日常化しており、人々はテロリンに対する憎悪をたぎらせている。しかし、近未来と言っても電子社会はテロにより崩壊しており、インターネットなどの片鱗も見られない。コンピューターの存在も定かではない。テロリンとの戦争状態にあるため、物資も欠如しており、国民生活は太平洋戦争中を思わせるほど後退している。人々は、政府の大号令のもと、憎きテロリンを倒すため、志願兵として大陸へ渡って行く。決して徴兵制でないところが味噌である。第1章はこのような近未来の日本の都市での絶望的な登場人物の生活と、大規模テロが描かれる。

 第2章は一転して、志願兵などとして、大陸へ渡った登場人物達の軌跡が描かれる。大陸とはどこかは不明であるが、テロリンが跋扈していると志願兵達は聞かされている。また、大陸の北にある「地区」と呼ばれる場所では、国家的に最重要なプロジェクトである「神充プロジェクト」が進められている。しかし、テロリンを殲滅しようと大陸へ渡った兵士達の前には、いつまで経ってもテロリンは現れず、他方、異形の怪物と遭遇する。志願兵たちはテロリン殲滅という当初の目的を果たせず、指揮命令系統もたちまち無くなってしまう。これらの元志願兵達は、この怪物と対峙しながら、あたかもユートピアのごとく思われる安全地帯である「地区」をひたすら目指す。

 ストーリーをこのように書くとあたかも近未来SF小説か、冒険小説であるが、実際は全く異なる。単に時代設定が近未来というだけで、前述したように国民生活は後退している。サイバーパンクの退廃などとは全く異なり、旧式の日本として描かれている。描写は暴力、大量殺人、糞尿、強姦、人体実験、精神の退行、巨大昆虫、ウジ虫などが満載であり、不快この上ない。何故、こんな小説を読まねばならないのか、と思いたくなるほどである。ストーリーが進むにつれ、この小説は全然SFなんかでなく、不条理小説ではないか、この異形の怪物も何かの比喩ではないのかと思い、謎の大半が解かれないままページが残り少なくなり、いっそこのまま何も分からず小説が終わってしまえば、結構、傑作ではないかと密かに期待していたのであるが、最後の方で一部の謎は理屈が付いてしまった。但し、最大の謎は解かれないまま小説は終わっている。

 この小説を読み終わっても感動もしないし、カタルシスも感じない。むしろ、この小説は、美しい物や神秘的な物を徹底的に排除した表現行為であり、不快な表現の極限と人間の文明と未来に対する嫌悪と否定で成り立っている。しかし、その筆致は力強く最後まで衰えることはなく、一気に読んでしまう迫力に満ちているのである。 ★★★1/2

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あの戦争は何だったのか  保阪正康

副題に「大人のための歴史教科書」とあるとおり、太平洋戦争についての歴史とポイントがまとめられています。この本によれば、この戦争に日本がのめり込んで行くターニングポイントは「2.26事件」であり、この事件を契機にテロリズムに政治家が怯え、もはや誰も軍部を止めることができなくなったというのです。また、この本によれば、一般的には開戦を主張していたのは陸軍ということにされていますが、実は開戦の黒幕は海軍であったと推測しています。しかし、この本を読んでもこの戦争にまつわる疑問は解消はされません。2.26事件がなければ、この戦争は避けられたのでしょうか?もしそうでないとすれば、一体、どこまで歴史の歯車を戻せばいいのでしょうか?満州事変あたりでやめとけば良かったのでしょうか?アメリカとの開戦は何としても避けるべきだったのしょうか?国力があまりにも違うこの国との大戦は避けるべきだったのでしょうか?ベトナムのように本土で戦うべきだったのでしょうか?いや、アメリカこそこの戦争を望んでいたという説もあります。それにしても戦争のやり方はあまりにひどいものでした。天皇制と結びついた精神主義は、兵士を大事にせず、補給のことは全く考えてもいませんでした。もろろん、アメリカのやり方も相当ひどいものです。都市への大空襲は、市民への無差別爆撃であり、その最たるものは核攻撃でした。被爆という言葉は一般市民が核による被害を受けたという一側面しか語っていません。他の側面から見ると、実態は、アメリカの日本に対する核攻撃であり、史上最大の無差別攻撃であったのです。もちろん、日本も重慶に対し無差別爆撃を行っていますし、ヒットラーもロンドンに対し無差別爆撃を行っていますので、同罪であります。アメリカよりも日本の方が戦時法規を軽視していたのでしょう。

そもそも戦争を支持していたのは当の日本国民だったのではないでしょうか。単なる民主主義だけでは何の解決にもならないのでしょうか?あの頃に立ち戻って満州を返すなどということが本当に出来たのでしょうか?そんなことを認める日本人がいたのでしょうか?

民主主義が当てにならないとすれば、何が当てになるというのですか?次から次へと疑問は尽きることはありません。平和主義とか憲法9条などを大事にするだけでOKだとはとても思えないのです。何故なら、何かのきっかけでいったん、我々の気持ちに火が着いたならこれを消し止めるのはとても難しい気がするのです。我々はとても好戦的な生き物だと思うのです。平和主義などあっという間に吹き飛んでしまうでしょう。★★

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スペースシャトルの落日 松浦晋也

 今日8月9日、スペースシャトル・ディスカバリーが無事地球に帰還したというニュースが報道されました。タイルが剥がれたりで、無事帰ってこれるか心配もされていましたが、ニュースでは日本人の乗組員もいるため、無事帰還という報道だけでした。ところが、最近出版されたこの本によれば、スペースシャトルとは失敗作であって、そのおかげで宇宙開発は遅れに遅れ、現場は大迷惑をしているというのです。はあ?という感じですが、よく考えると確かにすぐタイルが剥がれて、大騒ぎしたり、今日も天候が悪いから着陸が出来なっかたりと何だか随分デリケートで、実際、2機も墜落し貴重な命が失われているわけです。ロシアのソユーズの方がましなようです。この本によれば、スペースシャトルは、設計段階からしてまちがっていました。第1に機体を再利用するから経済的とは必ずしも言えず、第2に(これがびっくりですが)、そもそも翼を付けることが間違いだったというのです。というのは、そもそも翼とは空気中で揚力得るために必要なのであって、宇宙の飛行には全く不要なものなのです。スペースシャトルの翼は、大気圏再突入から着陸までのわずか1時間しか使用せず、しかも突風などを受けたら返って不安定で、着陸のためにはアポロ宇宙船も使用していたパラシュートの方がずっと軽くて理にかなっているというのです。それでは何故、翼を付けたかというと、アメリカの国防総省が、スペースシャトルにソ連の軍事衛星を略奪させるため、大気圏突入後、急速に進路を曲げる必要があったからだそうです。翼を付けることはその他、構造上ももろくなり、あまりいいことがないようです。新たに開発したエンジンにも問題があるとのことです。

 我々は、NASAは宇宙開発の最先端を行っており、スペースシャトルは最先端の技術に基づくものだと決めてかかっていますが、どうもそうではないようです。最近の報道からもアメリカはスペースシャトルを可能な限り速く引退させ、国際宇宙ステーション(ISS)も形ばかりの運用でお茶を濁し、月、そして火星への新たな有人宇宙飛行を目指しているようです。

 そういえば、アポロが月に行って以来、人類は一歩も宇宙に駒を進めていないようにも思えます。この何十年間は無駄になってしまったようで、この野郎、もう40代になってしまった、輝かしい人類の宇宙進出時代を見られなくなったらどうしてくれるんだ、という思いが募ります。 ★★★

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